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札幌地方裁判所 昭和37年(行)5号 判決

原告 島村甫

被告 北海道知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「亀田郡亀田町字神山二三番の二畑六反五畝歩について、被告北海道知事が、昭和三六年八月二日付でなした訴外久保久彦に対する買収処分の取消処分および原告に対する売渡処分の取消処分は、いずれも、無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり述べた。

「一、請求の趣旨記載の土地(以下本件土地という)は、もと訴外久保久彦の所有するものであつた。被告北海道知事は昭和二七年一〇月一〇日にこれを自作農創設特別措置法に基いて久保より買収したうえ、同日これを原告に売り渡した。それで、原告は昭和二九年四月一七日右土地の買受代金一、八七二円を被告に支払つた。しかるに被告は、その後同三六年八月二日付買収処分取消通知書および売渡処分取消通知書により、本件買収処分および売渡処分を取り消し、同通知書はそれぞれ同年八月二五日頃に久保および原告に到達した。

二、しかし、買収および売渡の処分がなされた昭和二七年一〇月一〇日当時、久保は、合計五町四反一畝五歩の農地を所有し、これに米・馬鈴薯・野菜・牧草等を蒔き付け耕作していたものであり、右面積は北海道農業委員会が定めた亀田町(当時亀田村)における農地の所有限度である四町七反を七反一畝余超過するものであつた。したがつて、本件土地は自創法により買収されるべきものであるところ、被告は、久保の所有する亀田郡亀田町(当時亀田村)字神山四五番の土地六反七畝二九歩について、当時の現況はうち二反については馬鈴薯および牧草、その余は稲を作付していたものであつて明らかに農地であつたにもかかわらず、これを非農地と誤認したため、久保が保有する農地の面積の合計は、前記所有限度以下であるとして、一旦なした本件買収処分および売渡処分を取り消した。しかし右取消処分には農地を非農地と誤認した点に重大かつ明白な瑕疵がある。

よつて、本件各取消処分の無効確認を求める。

三、被告の主張事実に対して、

原告が受領した売渡処分取消通知書に売渡処分取消の事由として本件土地の買収処分が取り消された旨の記載があること、買収令書が発行されていること等の事実に照らすとき、本件買収処分は行政行為として有効に存続しているというべきである。したがつて本件買収処分が存在しないから本件売渡処分が当然無効であるという被告の主張は失当である。」

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

「一、原告主張事実については、第一項中被告が昭和二七年一〇月一〇日に本件土地を久保より買収したとある部分は否認しその余の事実を認める。第二項はすべて争う。

二、訴外亀田村農業委員会(以下地区委員会という)は、昭和二七年九月二七日、原告の実父の買収申請に基き、本件土地について自創法第三条第一項第三号により久保からこれを買収する旨の買収計画を樹立し、その翌二八日にその旨を公告し、且つ同法第六条第五項所定の書類を縦覧に供するとともに、即日久保に対し右買収計画樹立を通知した。ところが、久保は、同年一〇月六日、地区委員会に対し、同法第七条による異議の申立をしたので、同委員会は同委員会委員水島玉蔵・同亀谷利春・同本谷勝太郎の三名を担当委員に指命して、右異議の申立の当否について調査をさせたところ本件土地は、同法第三条第一項第三号に該当しないことが判明したので、同委員会は右異議の申立を認容して本件土地に対する買収計画の樹立を取り消す議決をし、その旨久保に告知した。ところが地区委員会職員が誤つて反故同様となつた本件土地の買収計画書を被告に送付したので、右取消を知らぬ被告は、同計画書に基き買収期日を同年一〇月一〇日とする本件土地の買収令書を作成し、これを地区委員会に送付して久保に交付するよう依頼したが、前記経緯を知る地区委員会は右買収令書を久保には交付せず今日にいたつている。したがつて、本件買収処分は、その前提たる買収計画の樹立を欠き、買収令書の交付がないから不成立である。

ところで地区委員会は、本件買収計画を定めた際同時に本件土地の売渡計画も定め前記のように地区委員会の職員が反故同様となつた本件土地買収計画書を被告に送付した際、右売渡計画書をも誤つて被告に送付したため被告は売渡期日を昭和二七年一〇月一〇日とする本件土地の売渡通知書を作成し、これを地区委員会に送付して原告に交付するよう依頼した。ところが前記の経緯を知る地区委員会は、買収令書と同様右売渡通知書の交付をしないでこれを同委員会事務局に保管していたのであるが、その後係り職員が退職したため事情を知らぬその後任の係り職員が原告に請求されるまま、右売渡通知書を交付してしまつたものである。しかしながら、売渡処分は買収処分が有効に存在することを前提とするものであるから、前記のように、本件買収処分が有効に成立していない以上本件売渡処分は当然無効なものである。

三、本件各取消処分は買収処分の無効を前提としてなされたものであるから何ら違法な点は存在しない。」

(証拠省略)

理由

一、本件土地がもと久保久彦の所有するものであつたこと、被告北海道知事が昭和二七年一〇月一〇日にこれを原告に対し売渡処分をしたこと、原告は昭和二九年四月一七日右土地の売渡代金一、八七二円を被告に支払つたこと、ところが被告はその後昭和三六年八月二日付買収処分取消通知書および売渡処分取消通知書により買収処分および売渡処分の取り消しの処分をし、同通知書がそれぞれ同月二五日頃久保および原告に到達したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、本件買収処分の効力について考察する。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、同第五号証の一ないし一四、証人久保久彦の証言により成立を認められる同第三号証、証人葛西勇蔵・同久保久彦・同亀谷利春・同水島辰三郎の各証言、原告本人尋問の結果および(現場)検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、

地区委員会は、昭和二七年九月二七日頃、原告の申出に基き、本件土地について自創法第三条第一項第三号により久保からこれを買収する旨の買収計画を樹立し、その翌二八日、同法第六条第五項に従いその旨を公告し、且つ、同条所定の書類を縦覧に供すとともに、即日久保に対し右買収計画を定めた旨の通知をしたところ、久保は所定の異議申立期間内である同年一〇月六日地区委員会に対し同人の所有する農地の面積の合計が亀田村における農地保有の限度である四町七反以下であることを理由として同法第七条第一項による異議の申立をなした。そこで、同委員会は、同委員会委員亀谷利春他二名を担当委員に指命して久保の所有する土地の現況について調査をさせたところ、同委員らは久保が所有する土地のうち亀田町字神山四五番の土地六反七畝二九歩の現況を農地ではないと認めその旨を委員会に報告したので、同委員会は訴外久保の所有する農地の面積は四町七反以下であることを認めて久保の異議を認容し、本件買収計画を取り消す旨の議決をし、その頃同人にその旨を通知した。ところが地区委員会の職員が誤つて反故同様となつた本件土地の買収計画書および売渡計画書を送付したので、被告北海道知事は買収計画が取り消されたことを知らぬところから、同計画書にもとづいて買収期日を同年一〇月一〇日とする本件土地の買収令書を作成しその頃これを地区委員会に送付した。しかし、同委員会は右買収令書を訴外久保に交付せず、その後もこれを交付した事実はない。

以上の事実を認めることができ、証人八木豊雄・同岩城イワ・同佐々木徳三郎・同島村サトミの各証言および原告本人尋問の結果中右認定にてい触する部分は、他の証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、行政処分は行政機関の表示行為によつて成立するものであるから、行政機関の内部的な意思決定があつただけでは未だ行政処分として成立したものとはいえないが、その意思決定を外部に対して表示する行為があつた場合には行政処分として成立したものというべきである。本件についてこれを見ると、前記認定のように被告北海道知事が本件土地について買収令書を作成してこれを委員会に送付しているのであるから本件土地を買収する旨の意思は外部に表示されているとみるのが相当である。そうすると、本件買収処分は行政処分として成立しているものと認められるから買収処分が不成立というのはあたらない。

そうして、自創法によれば、同法第三条による農地の買収手続は、当該農地の存在する市町村農業委員会の買収計画の樹立、同委員会の公告・書類の縦覧、都道府県農業委員会の承認、当該農地所有者に対する都道府県知事の買収令書の交付又は公告の一連の手続により行われるものであつて、政府が同条により農地を買収するには当該農地についての市町村農業委員会の買収計画の樹立がなされていることを前提とするものであるから(同法第一六条)、当該買収計画が取り消された場合にはもはや爾後の買収手続を進めることはできないものといわなければならない。本件では前記認定のように、買収計画が久保の異議の申立を認容した地区委員会の議決により取り消されているのにもかかわらず買収処分をしたことが明らかである。もつとも、神山四五番の土地全部を農地でないと認定して久保の異議を容れ買収計画を取消した委員会の措置がはたして正当であつたかは、証人八木豊雄・同岩城イワ・同佐々木徳三郎・同島村サトミの各証言および原告本人尋問の結果に照らし疑問がないではない。しかし、かりに非農地との認定が事実の誤認であり右買収計画取消が違法であつたとしても、その誤認が外形上客観的に明白で行政庁の公正な判断として一般人のとうてい承認しえないものであつたとまでは認められないから、買収計画取消が当然に無効であるということはできず、もはやその効力を争いえないものというべきである。したがつて、本件買収処分は、その前提たる買収計画を欠いている点において、重大かつ明白な瑕疵があり、無効というほかはない。

三、つぎに本件売渡処分の効力について考察する。

被告が昭和二七年一〇月一〇日原告に対し自創法第一六条に基いて本件土地に関する売渡処分をしたことは当事者間に争いがない。そうして、同条によれば、政府が売渡処分をなし得る土地は同法第三条により買収した農地その他政府の所有に属する農地に限られるのであるから、前記認定のように本件土地についての買収処分が当然無効とされる以上政府が右土地の所有権を取得することはあり得ず、したがつて、被告が政府に代わり本件土地の売渡処分をなしうる余地のないことは明らかである。そうすると、本件売渡処分には重大且つ明白な瑕疵があるから当然無効といわなければならない。

四、このように、行政処分が当然無効とされる場合には、当初からその行政処分の効力が生じないのであるから本来その取消処分をする必要がないわけである。しかし、外観上行政処分と目されるものが存在している場合行政庁がその無効を宣言する意味においていつでもこれを取り消す処分をして法律関係を明確にすることができると解するのが相当である。被告は本件取消処分は無効を前提としてなされたものである旨主張しているが右はここにいう無効宣言の趣旨でなされたものと解せられるから本件各取消処分には何ら違法の点はないというべきである。

五、そうすると、本件各取消処分の無効確認を求める原告の請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 藤井正雄 長谷川正幸)

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